オーナーのカトリーヌは、ワイン好きの両親がドイツの国境に近いストラスブール郊外の村ゲルストハイムでレストランを経営しており、幼い頃からワインに接する機会に恵まれていた。その影響もあり、高校生の時にはすでにワインの世界で働くことに興味を持っていた。2003年ボーヌの醸造学校に2年間通い、BTS(醸造栽培上級技術者)の資格を取得。BTS 就学中研修先として選んだシャンベルタンの作り手ジャン=ルイ・トラぺでビオディナミに興味を持つ。その後 2005 年にディジョン大学で醸造学を2年学び DO(フランス国家認定醸造技師)の資格を取得。卒業後、サンテミリオン、ジゴンダス、南アフリカ、ニュージーランドなどワイナリーを転々と滞在しながら異なる地域のワインを学んだ。
肉体的重労働が必要とされるヴィニョロンの世界で、カトリーヌは現在 2.5ha の畑を女手ひとつで管理している。彼女は、幼い頃に誤って機械に腕が挟まり左腕を失うという身体的な不自由を負っているが、そのハンデをものともせずに、持ち前の明るさとガッツで男に勝る仕事をどんどんこなす。
彼女のモットーは「できるだけ手を掛けずに、よりナチュラルに!」で、DO の国家資格を取った頭脳明晰なエノローグの顔を持つ一方、つくり上げるワインはエノローグの理論とは全く対極にあるビオディナミや自然派ワインの方にベクトルが傾く。また、レストランの家系で育った彼女は、ワインだけではなく料理の腕も定評があり、その繊細なセンスはワインの味わいにも生かされている。趣味はバトミントンとキノコ狩り。現在は忙しくて時間が全くないが、本来は色々な国へ旅行することも大好きなのだそうだ。ちなみに、ヴィニョロンではなくもし違う職業を選んでいたとしたら、通訳になりたかったとのこと。
私が初めてカトリーヌ・リスと出会ったのは 2010 年夏、当時アルザスに住む友人の日本人シェフの誘いで、マルク・クレイデンヴァイスの試飲に一緒について行った時だった。何か作業の過程を伝えるためだったのだろう、ちょうど訪問の最中に、アーミーパンツに白い半そで姿のカトリーヌがクレイデンヴァイスの事務所に入ってきた。彼女は、畑で 1 日中働いていたような、汗と日焼けした肌が印象的なまさにガテン系の女性だった。クレイデンヴァイスの息子アントワーヌと対等に話をしていたので、その時私は、彼女を栽培責任者か何かなのだろうと思った。ただ、最も印象的だったのは、彼女の左肘の腕がなかったことだった。
次に出会ったのは、その友人のレストランで食事をした時だった。食事の途中、シェフの計らいでブラインドの赤ワインがグラスでサービスされた。アルザスのピノノワールかな…と勘繰りつつ、慎重にワインを口に入れてみると…そのワインの力強くも上品で緻密な味わいに思わずアンテナが張ってしまった!私にとって、ナチュラルなワインというよりも完成度の高い素晴らしいワインという印象だったが、正直素直に美味しかった。
食事の後にシェフから種明かしをされ、そのワインがカトリーヌの仕込んだ 2009 年シャプティエの初リリースのピノだということが分かった。
急な傾斜の畑が多いアルザス。大の男でも普通に肉体的な重労働を強いるヴィニョロンの世界に女性が進出するだけでも尊敬に値するが、カトリーヌはさらに片手のないハンデキャップを負いながら男勝りの作業を精力的にこなす。畑から醸造までその全責任を任され、シャプティエからの信頼も厚かった。彼女が DO を取得したエノローグであったということは後から知ったのだが、初めて飲んだ彼女のピノの繊細さや完成度を考えると、何かそれ以上の醸造センスを感じざるを得なかった。
そんな彼女のワインが気になった私は、早速 2011 年 2 月、ガングランジェの訪問の後に彼女の働くカーヴに立ち寄ってみた。彼女は私のことを覚えていなかったが、シェフの友人ということで快く訪問を受け入れてくれた。 最新のモダンなカーヴではないが、掃除の行き渡った清潔感の漂う空間。片手でピッチャーとワインを樽から抜くガラスのピペットを上手に使いこなすカトリーヌ。彼女がハンデを負っていることなどまるで感じさせない。
まずは、樽で熟成中のピノノワールから試飲した。2009 年のピノをすでに飲んでいるので、ほどほどに期待してワインを口に入れてみると…ビックリ!スレンダーで酸が立っているが、果実味がとにかく柔らかく、喉に染み入るような優しい味わいのワインだった!還元臭はあるが、前回飲んだ 2009 年よりも明らかにナチュラルだった。「このピノは今のところ SO2 無添加で、まだスーティラージュをせずに澱のある状態で熟成しているので還元臭がきつく嫌いな人はダメかもしれないが…」と言う彼女だが、還元臭はカラフをすればすぐ消えそうな程度で、ヴァンクゥールにとってはまさにドンピシャのワイン!さらに「このピノは現時点で全く SO2 が添加されていないが、このまま熟成に問題がなければ本来は全く添加する必要ない!」とエノローグらしからぬ意見を述べるカトリーヌ。
ちなみに、彼女の一番好きな赤ワインはピノ・ノワール。アルザス出身ということと、あとブルゴーニュで長く勉強していたこともあって、ピノで高品質のワインをつくることに情熱を燃やす。しかも、ピノは基本的にブドウが健全であれば SO2 無添加で大丈夫というのが彼女のスタンスだそう。
して、白はやはりリースリング。アルザスの土地でつくられたリースリングがどこの白よりも一番ポテンシャルがあると信じている。「アルザスにはブルゴーニュに負けない素晴らしいテロワールがたくさんあるが、区画の区切りがブルゴーニュほど厳格ではない。もっと厳格にテロワールを区切って再評価し、区画ごとにしっかりとワインをつくれば、ブルゴーニュのグランクリュに負けないワインができると信じている!」と彼女は言う。
試飲を続けながら色々と話を聞いていると、どうやら彼女は、実は自然派ワインに興味があり、しかも近々独立を考えていることが分かった!彼女はアルザスの生まれで、アルザスワインに誇りを持っているが、唯一苦手なところは、概してワイン生産者の多くが SO2 の量に鈍感だということだった。彼女がシャプティエの責任者という地位を捨てて敢えて独立を目指す背景には、こういう哲学の違いもあったようだ。まだ彼女は自分の畑さえも見つけていない状態だったが、この時すでに、独立をする際はヴァンクゥールが全力で支えることを誓った!
そして、待つこと 3 年…ついに彼女ワインが日本でリリースされる!初リリースとなる 2012 年、そして 2013 年は未だかつてないほど厳しい年に見舞われたが、それでもやはりカトリーヌの並はずれたセンスは輝いていた!今は 2.5ha と規模は小さく醸造設備も十分に整っていない新星ワイナリーだが、才能豊かで努力家の彼女は将来必ずアルザスの自然派ワインをリードする作り手になることは間違いないだろう。(輸入元資料より)